その性質、厄介で曲者なり。

さいころから、

自分の中の時間軸と外環の時間軸に“差”を感じていた。

 

その性か、学校の通信簿にはマイペースやおっとりしているなどのコメントがよく書かれていた。

 

大人になり働くようになってからはそれが自分の中でゆっくりと「遅い、のろま、鈍くさい」などの短所的要素としての考えに変わっていた。

 

実際には言われていないが、内心そう思われていたかもしれない。

 

それでも、生きていくためには働かなきゃいけなくて、休まず働き続ける事でそのうち改善するだろうと思っていたけど、

 

それでもその“差”が完全に埋まる事はなかった。

埋まりそうになる度に体や、ココロに説明しようがない異常をきたした。

 

もちろん、単に仕事があわないだけではと言われてしまえがそうかもしれないけど、すこし違う。

 

続けたかった仕事や、好きではなかったけど何となく長く続いた仕事も含め何かしらの“異常”をきたし、感じていたから。

 

結局、未だその“差”が生まれた原因はについては府に落ちる解を得られていない。

 

今、言えるのはこのマイペースと言う名の時間軸は「性格」ではなく性分的要素で改善する事はできず、常に意識していないといけないという事。

 

非常に厄介である。

 

いくら業種を変えても私自身の時間軸が(体調の波)狂えばどうし様も無いという事、改善策や予防はほぼ皆無に等しい。

 

なのでこの性分(性質)、非常に厄介で曲者でもある。

 

これから私が模索しなくてはいけないのは、この性分との「上手く長い付き合い方」や「継続的な向き合い方」なのだと思う、今さらであるが。

 

嫌な事や人からは逃げてもいい、けどその理由が「めんどくさい」という理由ではだめ、大事な事はたいていめんどくさいから。